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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1692号 判決 1976年5月26日

昭和四九年(ネ)第一六九二号控訴人

江原慶矩

外三名

右四名訴訟代理人

丹篤

昭和四九年(ネ)第一七八六号控訴人

日壮重車輛株式会社

右代表者

小笠原英夫

右訴訟代理人

山本嘉盛

外一名

昭和四九年(ネ)第一八五六号控訴人

高橋忠男

右訴訟代理人

富永進

外一名

被控訴人

泉政雄

右訴訟代理人

荻野陽三

外三名

主文

1、原判決中控訴人江原慶矩、同日壮重車輛株式会社及び同高橋忠男に対し金員の支払を命じた部分を次のとおり変更する。

(一)  控訴人江原慶矩は、被控訴人に対し、昭和四八年一月一日から別紙第一物件目録一記載の土地明渡まで一ケ月三万〇二四〇円の割合による金員の支払をせよ。

控訴人日壮重車輛株式会社は、被控訴人に対し、昭和四八年一月一日から同目録三記載の土地明渡まで一ケ月一万二二四一円の割合による金員の支払をせよ。

控訴人高橋忠男は、被控訴人に対し、昭和四八年一月一日から同目録四記載の土地明渡まで一ケ月一二二円の割合による金員の支払をせよ。

(二)  被控訴人の右控訴人三名に対するその余の金員支払の請求を棄却する。

2  控訴人江原慶矩、同日壮重車輛株式会社及び同高橋忠男のその余の控訴並びに控訴人仁泉ハトメ株式会社、同新見正次及び同高橋俊光の控訴を棄却する。

3  控訴人日壮重車輛株式会社は、被控訴人に対し、別紙第一物件目録二記載の土地上にあるコンクリートブロツク造危険物貯蔵庫床面積9.36平方米(別紙図面と表示する建物)及び同目録三記載の土地上にある軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建倉庫床面積9.91平方米(別紙図面と表示する建物)から退去して、その各敷地の明渡をせよ。

被控訴人の同控訴人に対する当審におけるその余の新たな請求を棄却する。

4、当審における訴訟費用中被控訴人と控訴人仁泉ハトメ株式会社、同新見正次及び同高橋俊光との間に生じた分は、右控訴人三名の負担とする。

原審及び当審における訴訟費用中被控訴人と控訴人江原慶矩、同日壮重車輛株式会社及び同高橋忠男との間に生じた分は、これを一〇分し、その二を被控訴人の負担とし、その七を控訴人江原慶矩及び同日壮重車輛抹式会社の負担とし、その一を控訴人高橋忠男の負担とする。

5、この判決は、金員の支払を命ずる部分にかぎり、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

第一被控訴人の請求について

1被控訴人が昭和一五年七月三一日以前から本件土地を所有していること、控訴人江原慶矩が本件土地上に原判決別紙第二物件目録記載の各建物及び工作物を所有して本件土地を占有していること、控訴人江原慶矩所有の右各建物及び工作物のうち、同目録一記載の主たる建物を控訴人仁泉ハトメ株式会社が、同目録一記載の附属建物符号2の建物を控訴人新見正次が、同目録三記載の建物を控訴人高橋俊光が、同目録四記載の建物を控訴人日壮重車輛株式会社がそれぞれ占有して、その建物の敷地部分を占有していること、また、控訴人日壮重車輛株式会社が別紙第三物件目録記載の建物を占有し、控訴人高橋忠男が別紙第四物件目録一記載の建物のうち附属建物符号4の建物の西側半分を占有して、それぞれその敷地部分を占有していることは、関係当事者間に争いがない。

2別紙第四物件目録一記載の各建物が別紙第一物件目録三記載の土地(乙土地)上にあることは、控訴人日壮重車輛株式会社の認めるところであり、別紙第五物件目録記載の建物が別紙第一物件目録四記載の土地(丙土地)上にあることは、控訴人高橋忠男の認めるところである。右各建物の所有権の帰属につき争いがあるが、別紙第四物件目録一記載の各建物は、控訴人日壮重車輛株式会社の所有にして、別紙第五物件目録記載の建物は、控訴人高橋忠男の所有であると認める。その理由は、原判決二四枚目表末行「成立に争いのない」以下二五枚目表一行目までを次のとおり訂正するほか、右理由記載と同一であるので、これを引用する。

(一)  《省略》

(二)  《省略》

(三)  《省略》

3被控訴代理人が、当審において、控訴人日壮重車輛株式会社の所有であると主張する別紙図面及びをもつて表示する工作物及び建物が同控訴人の所有であると認める証拠はない。

4江原清吉が被控訴人から昭和一五年七月三一日本件土地を普通建物所有の目的期間二〇年の約で賃借し、期間満了にともない右賃貸借契約が昭和三五年八月一日合意更新され、江原清吉が昭和三八年一一月二五日死亡し、控訴人江原慶矩が相続により賃借人の地位を承継したことは、被控訴人の認めるところである。被控訴代理人は、控訴人江原慶矩訴訟代理人の本件土地賃借権の抗弁に対し、原審相被告財団法人仁泉指導会に対する無断譲渡・転貸を理由に右賃貸借契約が解除されたとし、同控訴人の本件土地占有権原の消滅を主張し、原審は、右主張を容れたが、当裁判所も、右主張は理由があるものと判断する。その理由は、原判決二五枚目表八行目「成立について」以下三〇枚目裏九行目までを次のように訂正するほか、右理由記載と同一であるので、これを引用する。

(一)  《省略》

(二)  《省略》

(三)  《省略》

(四)  《省略》

5以上認定の如く、被控訴人と控訴人江原慶矩との間の本件土地賃貸借契約は有効に解除されたのであるから、右解除後の同控訴人の本件土地占有は、被控訴人に対抗しえないものであり、その余の控訴人らの本件土地の部分占有は、その基礎を控訴人江原慶矩の借地権に依存するものであるので、右解除後は被控訴人に対抗しえないものである。従つて、控訴人江原慶矩に対し、原判決別紙第二物件目録記載の建物を収去して本件土地の明渡を求め、控訴人仁泉ハトメ株式会社に対し、同物件目録一記載の建物のうち主たる建物から退去してその敷地部分の明渡を求め、控訴人日壮重車輛株式会社に対し、原判決別紙第四目録一記載の建物を収去して乙土地の明渡を求めるとともに原判決別紙第二目録四記載の建物及び原判決別紙第三目録記載の建物から退去してその敷地部分の明渡を求め、控訴人新見正次に対し、原判決別紙第二目録一記載の建物のうち附属建物符号2の建物から退去してその敷地部分の明渡を求め、控訴人高橋忠男に対し、原判決別紙第五物件目録記載の建物を収去して丙土地の明渡を求めるとともに原判決別紙第四目録一記載の建物のうち附属建物符号4の建物の西側半分から退去してその敷地部分の明渡を求め、控訴人高橋俊光に対し、原判決別紙第二物件目録三記載の建物から退去してその敷地部分の明渡を求める被控訴人の請求は正当である。被控訴人の控訴人日壮重車輛株式会社に対する当審における新たな請求について考えるに、前認定のように、別紙図面及びで表示する建物が同控訴人の所有であると認める証拠がないが、同控訴人が右各建物を占有していることは、同控訴代理人の認めるところであるので、右請求は、同控訴人に対し、右各建物から退去してその敷地の明渡を求めるかぎりにおいて認容するも、その余の請求は、これを棄却すべきである。

6控訴人らの本件土地不法占有による被控訴人の損害

(一)  不法占有開始の時期及び損害賠償の対象となるべき不法占有の態様については、原判決三三枚目表三行目から三五枚目表三行目までの原審の判断と同一であるので、右理由記載を引用する。

(二)  損害の額

原審は、鑑定人木村宇佐治の鑑定による昭和四一年七月当時(本件賃貸借契約の前記解除時)及び昭和四七年五月当時における本件土地の新規賃料をそのまま採用し、これにより控訴人らの不法占有による被控訴人の損害を算定しているが、木村鑑定人の地代についての考え方は、不当であり、鑑定の結果も採用しがたいものである。

木村鑑定人は、土地価格に利子率を参酌した利回りを乗じ、これに必要諸経費(固定資産税、都市計画税及び管理費)を加えたものが適正地代であるとし、継続地代を求める場合の土地価格を底地価格(更地価格から借地権価格を控除したものを指している。)とし、新規地代を求める場合の土地価格を更地価格としている。新規地代についての考え方は、不動産鑑定評価基準(住宅宅地審議会の建設大臣に対する昭和四四年九月二九日付不動産鑑定評価基準の設定に関する答申)の考え方と同じであるが、継続地代についての考え方は、右鑑定評価基準とは異る。右鑑定評価基準は、「同一目的において継続中の賃貸借等の契約に基づく実際支払賃料のみを改定する場合の鑑定評価にあつては、当該宅地の経済価値に即応した適正な賃料と実際支払賃料との間に発生している差額部分について、契約の内容、契約締結の経緯等を総合的に比較考量して、当該差額部分のうち貸主に帰属する部分を適正に判定して得た額を実際支払賃料に加減して求めるものとする。」といつているのであるから、木村鑑定人の考え方が右と異るのは、明らかである。

木村鑑定人は、賃料を鑑定するのに、積算法のみに依拠し、賃貸事例比較法及び収益分析法を用いていない積算法は、地代の源泉を土地価格に求め、地代の額は、土地価格相当の現金を金融市場に投下した場合に得られる利子とほぼ同額であつて然るべきであるとの発想に基づくものであるが、地代の源泉を土地価格に求めることも、地代の額を土地価格を元本とした場合の貸付金に対する利子とほぼ同額とすることも、なんら理由のないことである。

現金それ自体が利子を産む力を有しているわけではなく、土地それ自体が地代を産む力を有しているわけではない。利子も地代も、その源泉は、経済学の説くとおり、利潤に求めるべきである。現金A円が資本に転化され、生産活動を通じてA円より大きいA'円になるとき、A'円とA円との差額が利潤となり、この利潤があるからこそ貸付資本に対する利子の支払が可能となり、また、この利潤があるからこそ地代の支払が可能となるのである。この利潤は、生産要素の一つである労働力のみがこれを創り出す力を有するのであり、この労働力を度外視して土地価格そのものに地代の源泉を求めるのは、誤りであるといわなければならない。利子も地代も、その源泉を利潤に求めるべく、その額は、利潤の大小により左右され、地代の場合、その額は、土地価格により左右されるものではない。

また、現金A円に対する利子がB円であるからといつて、地価A円の土地の地代がほぼB円であつて然るべきであるとするのも、理由のないことである。利潤を創り出す力を有しているのは労働力であり、この労働力は、資本に転化された現金が購入するのであり、従つて、現金A円に対する利子がB円であつても、交換手段でない土地の価格がA円である場合にその地代がほぼB円であつて然るべきであるということにはならない。地代の額は、地価によつて決定されるのではなく、利潤の大小によつて決定される。利潤の大小を決定する一因は、土地が本来的に具有する力(農地の場合の成長力、建築地の場合の積載力)と土地の所在する地理的位置関係(市場との距離等)にある。同量の労働力を投下しても、利潤に差異が生ずる一因は、ここから説明しうる。労働力なくして利潤は発生しないが、土地は利潤の大小を左右する要素の一つである。土地が利潤の大小を左右するのは、土地価格によるのではなく、土地が本来的に具有する力によるのである。

右のように、積算法は理論的に誤りであるので、これに依拠した木村鑑定人の鑑定の結果を採用した原判決は、不当といわなければならない。

前記鑑定評価基準は、継続地代と新規地代とを別個のものとして捉えているが、地代の源泉を利潤に求める経済学の立場からすれば、地代は唯一つのみであり、「継続」と「新規」の区別があるはずがない。木村鑑定人の鑑定による本件土地の継続地代は、積算法のみに依拠して求めたものであり、従つて、かかる地代により損害を算定することは、相当でない。

《証拠》によると、本件賃貸借契約の地代は、昭和四一年五月分から一ケ月三万〇二四〇円(公簿上の面積によると3.3平方米当り三五円)に改定されたことが認められ、その後改定されたことについては主張・立証がないので、損害の算定は、原審の鑑定が採用できない以上右改定地代に拠るほかない。

被控訴代理人は、本件賃貸借契約解除後昭和四七年一二月三一日までの損害として、控訴人江原慶矩から右改定地代一ケ月三万〇二四〇円の割合による金員を受領していることを自陳しており、その余の控訴人らの本件土地の部分占有は、控訴人江原慶矩の占有と共同不法行為の関係にあるので、控訴人江原慶矩、同日壮重車輛株式会社及び同高橋忠男の本訴における賠償義務は、昭和四八年一月一日以降の占有に基づくものに限られることになる。賠償義務の対象たる占有土地は、前認定のとおり、控訴人日壮重車輛株式会社は乙土地(1154.13平方米)のみであり、控訴人高橋忠男は丙土地(16.49平方米)であるので、被控訴人の損害賠償の請求は、控訴人江原慶矩に対し昭和四八年一月一日以降本件土地明渡まで一ケ月三万〇二四〇円の割合による金員、控訴人日壮重車輛株式会社に対し昭和四八年一月一日以降乙土地明渡まで一ケ月一万二二四一円(円未満四捨五入)の割合による金員、控訴人高橋忠男に対し昭和四八年一月一日以降丙土地明渡まで一ケ月一二二円(円未満四捨五入)の割合による金員の支払を求める限度で認容すべく、その余の請求は、失当といわなければならない。

木村鑑定人の鑑定によると、本件土地の継続地代は、昭和四一年七月当時一ケ月一五万二二一五円(3.3平方米当り一七五円強)、昭和四七年五月当時一ケ月三〇万四八三二円(3.3平方米当り三五一円強)で、前記認定の3.3平方米当り一ケ月三五円と相当の開差があるが、これは、積算法(しかも前記鑑定評価基準と異る方法)のみに依拠した結果であり、また、新規地代は、昭和四一年七月当時一ケ月二九万二五三五円(3.3平方米当り三三七円強)、昭和四七年五月当時八八万四五二〇円(3.3平方米当り一〇一九円強)で、前記認定の3.3平方米当り一ケ月三五円と著しい開差を示しているが、被控訴人は、本件土地を第三者に賃貸すれば、借地権設定の対価として借地権価格を取得しうるのであるから、不当に損害を受けることにはならない。序でながら、借地権価格について附言するに、前記鑑定評価基準は、借地権価格の発生及び額の決定を正常地代(木村鑑定人のいう新規地代と同じ。)と実際支払地代との乖離に求めているが、正常地代なるものが認めがたいことは、前に説明したとおりであり、借地権価格は、地価の上昇率と利潤の上昇率との乖離及び借地権存続についての法律上の保障にこれを求むべきであり、借地権価格は、借地権という権利自体の経済価値であり、その価格は、地代とは別に、独自の行動をとるものであると解する。

第二控訴人江原慶矩の請求について

前認定のように、本件賃貸借契約が解除された以上同控訴人の請求は、理由がない。

第三結論

以上認定のように、原審が、控訴人らの本件土地明渡義務を認めたのは正当であるが、損害賠償義務の認定は一部不当であるので、原判決中金員の支払を命じた部分を変更し、その余の各控訴を棄却し、被控訴人の控訴人日壮重車輛株式会社に対する当審における新たな請求は、前認定の限度において認容するが、その余は、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九五条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

第一物件目録《省略》

別紙図面《省略》

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